鍛冶屋の朝は早い。
あたりは暗く、家族が眠るなか、目が醒める。
青い光。
窓から部屋に射す、青い光。
土間に伸びる。
欄間で切りとられた梁を見上げる。
ぼんやりと思考をめぐらせる
青いせかいのなかに。
昭和中期に建てられた、名もない小さな家。
庭には名も知らなかった草木たちが、次から次へと花を咲かせ、
時折 鳥が木ノ実を啄む姿を見せてくれる。
光のいろがかわる
青から、白へ。
窓の前に座り、浮かぶものを描き留める。
鳥のさえずりが聞こえたか。
こどもたちが起きてきた。
隣に並んで、お絵描きをはじめる。
窓の外は明るく、
影がようやく生まれた。
《青の時間》2019 HOUSEHOLD INDUSTRY exhibition @norm
Outline
黒江は紀州漆器の生産地であり、古くは漆器職人たちの住居兼工房や問屋が立ち並び、今も情緒のある街並みを残している。黒江で生まれ育ち、2013年よりこの場所で鍛冶屋として工房を営む作家、武田伸之氏。今回工房近くの築50年の2階建木造住宅を、家族4人の住まいとして改修することとなった。
水廻り
Bathroom
廊下
Corridor
食事室
Dining Room
二間の和室
2 Tatami Room
改修前
Before renovation
先代の住まい手によって丁寧に前定された庭を残す、名もなき小さな家。既存間取りの大きな特徴は、L型の廊下によって和室二間と水回り・食事室が分節されていること。コンパクトな間取りに反して、玄関や表庭、中庭がゆったり確保されていることが印象的であった。また、少なくとも二度改修されており、二階は後に増築されたことが判明した。
作家にとって住まいは作品にどう影響を与えるのか、住まい方は表現になるのか。設計を進めるにあたり、「作家の住まい」をどう捉えるかが大きな課題であった。
作風や目標は変容していくもの。ただその中にも核となる不変なものがある。毎年訪れる春のような、帰宅する自分を迎えてくれる家族のような。作家の挑戦を支える場として存在できるよう「原点」をテーマとし、素材を大きく作り変えるのではなく、活かすという考え方で設計に取り組んだ。
カーテン
Curtain
表庭
Frontyard
土間
Doma
中庭
Courtyard
改修後
After renovation
まず既設の天井を取り、梁や野地板を表しに、襖や間仕切りなど建具を撤去した。一階全体をひとつなぎの空間としながら、L型の廊下はそのままに、 水回り・食事室を土間にすることで、レベル差を設けゆるやかに分節した。建具や欄間、カーテンで間仕切り可能な入れ子状の平面とした。
表庭と中庭を眺められるよう土間をはさんで東西に新たに開口部を設け、光と風をとりいれる計画とした。また改修の痕跡を見せることで建物の変遷が視覚的に感じられる設えとした。
廊下
Corridor
表札
Nameplate
門扉
Gate
中庭
Courtyard
欄間
Ranma
階段
Stairs
家具
Furniture
金物
Hardware
表庭
Frontyard
土間
Doma
階段、手すり、ハンドルといった家族の手が触れる部分や、耐震のための補強材は施主が一手に担った。どれも家族のため、住まいのために制作されたもので、例えば鉄の手すりは小さな子どもが握りやすいよう、丹念に叩いて手に馴染む形状になっている。
鍛鉄に限らず、ものづくりの原点は家族にある。
挑戦と原点を往来し変容していく作家と、住まいのこれからが楽しみである。
文・イラスト/THE OFFICE
Thoughts
『わたしの鍛鉄』
ある日、鍛冶屋のいえに師匠がやってきた。
褒められることはなかった師匠に、はじめて工房と住まいを案内し、最後に感銘を受けたと言われた。背中を追いつづけた12年間。厳しかったあの人に言われた言葉は今も生の温度のまま胸に残っている。
突然の師匠の来訪をきっかけに「鍛鉄」について深く考えることになった。鍛鉄 - wrought iron - はヨーロッパが発祥の鉄を叩いて形作る手法で、もともとは家主が自分の権力などを誇示するため、強さや華やかさをもとめ、鍛治職人 - blacksmith - に作らせた。鍛鉄は強さの象徴なのである。西欧では芸術性の高い作品を求められ、日本でいう宮大工に芸術色を強くしたような名誉ある職種である。師匠もそのひとりで、今尚世界で活躍する鍛鉄工芸作家のひとりだ。当時の私は自分にないものを求め、背中を追い続けながら無我夢中で鉄を叩き続けた。
次第に私は、鍛鉄に強さや華やかさとは相反する魅力を感じるようになった。日本の土壌には、儚さや脆さ、侘しさなど、独自の美意識が根付いている。黒江の街や住まいを通じて鍛鉄を追求していく中、身近な庭や道端に生えている植物に惹かれ、それらをモチーフにすることが多くなった。その儚さの中にある強さや生命力を表現したいと思ったからだ。師匠が鍛冶屋のいえをみて感銘を受けたのはそこなのかもしれない。私は弱さこそ最大の強さになると信じているのだ。
私が惹かれた植物と鍛鉄、鍛冶屋のいえには、時間という共通の軸がある。植物は短い生を全うしながら、淡々と芽吹き、枯れ、繁殖を繰り返し、その場に根を生やし続ける。生存し続ける生命力と、儚くも枯れてしまう造形に心惹かれた。それらモチーフを鉄でつくるとき、気持ちを込めて叩き上げた先に、最後に表情がにじみ出てくる瞬間がある。植物の生命力や強さが表出した時間。これこそが鍛鉄なんだと思う瞬間なのだ。
一方、鍛冶屋のいえは、名もない小さな家であるが、幾度の改修を重ねながら住み継ぎ、それぞれの住まい手が痕跡を残している。鴨居や欄間はリズムよく空間を整え、廊下の茶色く日に焼かれた柱や床板ですら、時間のなかで染み付いた美しさを持っている。すべてが繋がる一本の線のなかに時間の軸が見えてくる。
住まいで繰り広げられる私たちの営みは、日々驚きと気づきの連続である。早朝にはじまる青い光、庭の変化や鳥の囀り、鈴虫の音、夕暮れの食卓も、すべて思考に変わる。家にしろもの作りにしろ、工程を重ねるほど、それまでかけた愛情が最後の最後に表情としてにじみ出てくる。その美しさには敬意と愛おしさを感じるのだ。
《わたしの鍛鉄》2021 HOUSEHOLD INDUSTRY
Gallery
住居/ギャラリー
展示物:
門扉/ポスト/表札/家具/建具/欄間/金物/階段 etc
建築設計/THE OFFICE
建築施工/株式会社ヒガシバタ
カーテン/fabricscape
家具・金物/HOUSEHOLD INDUSTRY
照明/飛松灯器
植栽/塩津植物研究所
Logo and Web Design/THE OFFICE
Exhibition
鍛冶屋のいえでは、不定期で展示会を開催しています。暮らしながら日々鉄の在り方を試行錯誤している場でもあります。自然光のみの仄かな光と影に写し出される鉄の世界をぜひご高覧ください。
Reservation
スタジオの近くにある木造の小さな住まい兼ギャラリーです。生活の中で必要なものを家族のためつくるという、ものづくりの原点のような場所です。不定期で開催している展覧会とは別に、使っていくなかで経年変化し、暮らしに馴染んでいく様を体感できるようギャラリーとして観覧いただくことができます。
観覧は完全予約制です。
観覧のご予約は以下の入力フォームにて受け付けております。「件名」をお選びいただき、ご送信ください。予約可能日時などをこちらから返信いたします。
見ていただく前にいくつかのお願いがあります。
必ず注意書きをご覧いただき、ご了承の上ご予約ください。
注意書き
<ご観覧に関する注意点>
撮影はご遠慮ください
屋内屋外ともに禁煙です
家具などに触れる場合は慎重にお願いします
小さなお子様連れのお客様は、手をつないで一緒にご観覧ください
事故防止のためお子様から目を離さないようお願いします
近隣の方にご迷惑にならないようご配慮をお願いします
新型コロナ対策のガイドラインに遵守してご訪問ください
<ご予約に関する注意点>
ご予約の人数制限はありません
お子様をお連れの方はご相談ください
申し込みはご予約の確定ではありません
ご予約希望の2週間前までにお問い合わせください
不適切と判断した場合、ご予約をキャンセルさせて頂くことがあります
一部お問い合わせには、お時間をいただく場合があります。
フォーム送信がうまくできない方は、contact@householdindustry.jpまでメールにてお問合せ下さい。また、こちらからのメールの返信が迷惑メールとなり届かない場合がございます。返信が届かない場合はお手数ですが、073 (488) 5199までお電話ください。
HOUSEHOLD INDUSTRY